1 スイスがブルカを禁止へ
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筆者:平児
スイスが公共の場所でのブルカを禁止することになる。3月8日の報道各社は一斉にそう報じた。公共の場所でブルカやニカブの着用を禁止する是非を問う国民投票の結果、賛成派が過半を占めたのである。
ブルカもニカブもイスラム女性の伝統的な服装で、ブルカは完全に顔を覆うが、ニカブは眼だけを出すようになっている。
今回のスイスの国民投票は、右派の国民党が提案したもので、ブルカなどの公共の場所における着用を禁止しようとするものである。
2 欧州におけるブルカ禁止の経緯
欧州でのブルカ禁止はスイスが最初ではない。最初はベルギーから始まり、イスラム過激派のテロが起きたフランスへ飛び火し、オランダ、ブルガリア、デンマークなどの国でもすでに禁止法が施行された。国家の一部について禁止されたケースとしては、ドイツのバイエルン州や、スイスでも一部で実施されている。
欧州でも、移民、とくにイスラムの人々へのレイシズムが着々と広まっているように感じられる。
フランスではブルキニと呼ばれる女性の水着も問題となっている。比較的近年になってイスラム女性も海で泳ぐようになり、多くの場合、全身を覆うダイビングスーツのような水着を用いていた。その俗称がブルキニ(※)である。
※ ご想像の通り、ブルカとビキニを組み合わせた用語である。なお、ビキニとは、水着メーカが水爆実験に乗じて、「男性に対して水爆ほどの威力を持つ」という意味で名付けたもので、ブルキニもビキニも男性目線が感じられて、平児はあまり好きな言葉ではない。
それはさておき、ブルキニの着用が数十のフランスの自治体で禁止されていたが、ある自治体について2016年の国務院(日本の最高裁)で無効とされた。しかし、他の自治体は禁止したままのケースもあり、政治問題となっているのだ。
なお、ブルカの禁止は、欧州に限らない。中国でも新疆でイスラム教徒のブルカの着用を禁止している(※)
※ イスラム教のことを回教と書くことがあるが、これはウイグル(回鶻)がイスラム教であることからきている。なお、回族もイスラム教徒であるが、ウイグルとは別な民族である。
3 ブルカ禁止の目的とは
ブルカの禁止は、顔を出さないと、治安(テロ防止)の上で問題がある、公共の場所で宗教をアピールすることは好ましくない、顔を隠させることは女性に対する抑圧である、などと説明されることが多い。
しかし、いずれもあまり説得的ではない。
いわゆる「テロリスト」として顔が分かっている活動家が相手なら、ブルカの禁止も効果があるかもしれないが、最近のテロ行為は、ローンウルフやホームグロウンによって行われるケースが多い。かつてのバーダ・マインホフや日本赤軍のような、個々の「テロリスト」呼ばれている人たちの顔が判別できるケースはほとんどない。
また、宗教心をアピールするなと言うのは、言掛りに過ぎない。そもそも、十字架を掲げた教会や、修道服を着た聖職者は認めておいて、ブルカがいけないというのは理由が通らない。
また、ブルカが女性の抑圧だというのも、禁止の理由にはならない。開放とは、女性が何を着るかを自ら決定できるようにすることであろう。
ブルカの禁止は、人種差別的な右派が積極的に推し進めており、彼らが女性解放を主張していることなどないということを指摘しておけば、その真の目的は自ずと明らかになるだろう。イスラム排斥、あるいはイスラムへの嫌がらせこそが真の目的なのである。
4 ブルカ禁止は女性の開放を実現するのか
そうは言っても、イスラムは女性差別的であり、ブルカ禁止は女性の開放につながるという主張もあり得ある。だが、それは違うとは思う。
もちろん、ブルカ禁止によって、男性の家族や父親に抑圧されることなく、自由に服を選べると喜ぶイスラム女性もいると思う。しかし、それは男性の家族や父親による抑圧が、社会による抑圧に変わるだけである。服装に関し、どのような服を着るかは本人が決定することができるべきなのだ。
ブルカを着る女性にとって、顔を出すことは強い羞恥心を感じるケースもあるのだ。ブルカを禁止されれば、彼女たちは社会に出ることができなくなってしまう。
ブルカを着る女性にとって、それを禁止されることは次のようなことなのだ。
【ブルカ禁止をアラブ女性の目で見ると】
- 乳房を露出することが当然だという国があるとしよう(※)。
- その国では、外国人を受け入れているし、外国人の女性は“普通”に乳房を隠して生活している。
- ところが、ある日、突然、公共の場で乳房を隠すことを禁止されてしまった。
※ それほど異常な設定ではない。古代エジプトでは、女性の間で乳房を露出する服装が流行ったことがあった。近代でも、熱帯の開放的な地域では、最近までそれほど珍しいことではない。その社会では、そのような服装は男性に媚びているのではない。
ブルカ禁止とは、少なくないイスラムの女性にとって、そういうことなのだ。立場が逆だったらどう感じられるかを想像することも有効だ。
それが女性解放につながるとは誰も思わないだろう。ほとんどの外国人女性は、家に篭って生活せざるを得なくなる。そんなことになったら、平児だって他の国へ逃げ出す。
ブルカ禁止など、イスラム女性にとっては、スケベなオジさんたちの、共同痴漢行為にすぎないのである。それは、女性解放などを意味しない。
むしろ、その社会から出ていかざるを得なくなる。そして、それこそがブルカ禁止推進派の真の狙いなのである。
女性の開放は、欧州の偏見に基づくブルカの禁止によって実現することはない。彼女たち自身による闘いによってこそ実現される。
ジュリアン・シュナーベル『ミラル』イスラエル占領下パレスチナで孤児たちの学校を設立した女性。その愛と教育を受け育った少女ミラルの目を通しパレスチナの激動の歴史を実話に基き描く。過酷な状況を生きるアラブの女たちの生き様がミラルへとつながる群像劇。見事な映像と巧みな構成で感動呼ぶ秀作 pic.twitter.com/EALwYhuQmQ
— 魔の山 (@manoyama12) November 8, 2019
“女が教育を受ける事は許し難い罪”という
— アジアンドキュメンタリーズ (@asiandocs_tokyo) December 24, 2022
差別的価値観に立ち向かう教育者たち
アフガニスタンでは
イスラム原理主義組織タリバン統治下時代
女子教育が禁じられた(2017年制作)
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「明日がもたらすもの 教育を求める少女たち」https://t.co/M2SQvmWDOM pic.twitter.com/a9SrX5JNjZ