1 事件の概要
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筆者:柳川
かなり前になるが、脱原発を主張する自民党の秋本真利衆院議員が、敦賀市でタクシーの配車を断られたと、日本経済新聞が報道(※)した。秋本議員は、この事件について、「ちょっと信じられないような話だが事実。明らかな法令違反なので調査する。他でも同様な拒否をしている可能性あり。もしそうした案件があったら連絡下さい」とTweetしている。
※ 日本経済新聞2014年1月15日記事「「脱原発」議員の利用拒否 福井・敦賀のタクシー会社」による。
ハザードラボによると、官房長官が「運輸局で再発防止、厳しく指導する」と述べ、先述した日本経済新聞の報道によると、タクシー会社は、配車を拒否した社員の「処分を検討している」とのことである。
この事件は、それほど大規模な"炎上"事件となったわけではないが、WEBでもかなりの話題になった。この事件への反応の大勢は、報道機関も、ネットの世界も、ほとんどがタクシー会社に批判的であり、この国会議員を擁護するものが多かったように思う。
確かに、公共交通機関が、思想信条によって利用者を差別することは法的に許されないことであり、その意味でこの議員のいうことは正しい。しかしながら、「正しい」ことが、常に「正しい」とは限るまい。私はこの議員の主張や行動にも、いささか疑問を感じるのである。
2 問題点
(1)自分の政策の影響についての配慮がない
ア 敦賀市の経済状態は原発の停止で極度に悪化していた
もちろん、原発の再稼働に対してどのような主張するかは、それぞれの考えである。ここで、そのことについてあれこれ言うつもりはない(※)。しかし、原発が停止したことによって、敦賀市の経済状況が極度に悪化したこともまた、厳然たる事実なのである。
※ 私自身は、原発の再稼働には消極的な立場である。
私自身、かつて原発の停止している敦賀市に行ったことがあるが、平日の午後だというのに、駅前の商店街にはシャッターが目立っていた。昼食をとった食堂の店主に聞いたのだが、その店では売り上げが半分に落ちたと言っていた。また、利用したタクシーの運転手によると、水揚げが大きく落ちて、いったん正社員から解雇されて嘱託として再雇用されたとのことだった。水揚げが落ちて厳しい状況なので、会社をつぶさないために労働者も反対しなかったという。収入は減って、「もう敦賀市は終わりですよ」と言っていた。そういう現実は現に存在しているのである。
イ タクシー会社の社員にも同情の余地はある
国会議員のような、もともと収入の高い者の収入が下がるというのとはわけが違うのである。タクシー会社の社員は、もともとの収入がそれほど高くはないのだ。子供が高校や大学への進学をあきらめざるを得ないようなこともあっただろう。
そのような中で、この配車拒否事件が起きたのである。配車拒否が、許されることではないことはもちろんである。しかし、配車拒否をしたくなる気持ちもまた、分からなくもないのだ。
私としては、配車拒否をされたからと言って、相手を処分に追い込むような人物ではなく、そのような場合でも、自らの政策が影響を与えている人々のことに思いをはせて、そのような人々をどのように助けてゆくかを考えられるような人物にこそ、国会議員になって欲しいと思うものである。
(2)社会的な弱者に対してあまりにも冷徹である
ア ここまでやるようなことなのか
確かに、与党の国会議員という社会的に高い身分のある方が、中小のタクシー会社の一社員から配車拒否をされたのであるから、お怒りになる気持ちも分からないわけではない(※)。
※ 念のために断っておくが皮肉である。
しかし、国会議員の立場にある方がそれを公的にされれば、相手は確実に処分を受けるのである。実際に、菅義偉官房長官が「厳しく指導する」と言い、そのタクシー会社も「処分を検討する」と言っている。国会議員は、国土交通省に対して影響力を及ぼすこともできるのである。タクシー会社としては、その機嫌を損ねることはできないだろう。実際にどのような処分を受けたかまでは分からないが、解雇、減給といったこともあり得たのではなかろうか。この社員の生活が破壊されたような事態も十分に予想できるのである。
イ 国会議員とタクシー会社の社員の関係はどちらが強者なのか
この事件は、一市民が、その思想や発言を理由に、大企業や公的機関から差別を受けたなどというのとは、わけが違うのである。中小のタクシー会社の職員にできることは、せいぜい配車拒否をする程度のことである。議員の方は痛痒も感じないであろう。タクシーに乗りたければ他の会社を使えばよいだけのことなのだ。
ところが、それに対して、議員という地位・立場を利用して官房長官まで動かし、生活者である市井の一市民を追い込むというのは、いかがなものであろうか。本件では、国の機構を用いて、相手の生活を破壊することが予想されるような報復をしたのである。権力を有する者が、社会的な弱者から差別的な扱いを受けたといって、その生活を破壊するところまで追い込もうとする。いわば、子供が武道家に殴りかかってきたときに、「暴力は許さない」と言って、相手を殴り殺すようなものであろう。こういうことを"弱い者いじめ"というのである。
このタクシー会社の社員の賃金は、おそらく議員歳費の数分の一程度であろう。その議員の歳費の一部はタクシー会社の社員の税金からも支払われているのだ。この社員にも家族がいるだろう。解雇や減給処分を受ければ、子供が学校を中退したり、親が医者にかかることをあきらめたりするようなことだってあり得るのだ。暗然とせざるを得ない事件ではなかろうか。
3 まとめ
普通の市民が生活をしていれば、誰でもタクシーから乗車拒否をされたような経験はあるだろう。そんなときは、カチンとはくるだろうが、運輸局に通報したりはしないものである。タクシーの運転手にも生活があり、職を失わせるようなことまでするのは気の毒だと思うからだ。それが普通の市民感覚というものであろう。
ところが、この自民党の国会議員は、政府機関を用いて相手を処分に持ち込もうとするのである。相手の生活がどうなるかなど考えようとはしないのだ。地方都市のタクシー会社の収入は、参入の自由化によりかなり低下しており、その職員の収入も低下している状況なのである。はたして、こういう人物に我が国の国政の舵取りを任せるだけの資質が備わっているといえるのだろうか。