性別変更「手術要件」違憲判決とその後


レインボーフラッグを振る女性

※ イメージ図(©photoAC)

我が国では、2007 年までは生まれたときに割り当てられた性別の法的な変更はできませんでした。しかし、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(性同一性障害特例法)が、2003 年7月 10 日に国会で成立し、2004 年7月 16 日から施行されたことで、一定の要件のもとに法律上の性別の変更が可能になりました。

しかしながら、その第3条第1項において、生殖不能(第四号)、外観適合(第五号)などの合理的でもなければ必要性もなく、かつ当事者にとって厳しい要件が課されていました。

この要件は、「ジョグジャカルタ原則」(※)に反しているなど、あまりにも不当かつ不必要なものであり、国際的にみても人権上の問題のある条文と言えます。

※ 2006 年にインドネシアのジョグジャカルタで開催された、国際法律家委員会や元国際連合人権委員会構成員、有識者等による専門家会議で採択された文書。国連の正式文書ではないが、トランスジェンダーの人権保護に関する国際的な合意文書であると理解されている。

それには、「法的性別変更の要件として、性別適合手術、不妊手術またはホルモン療法その他の医療処置を受けたことを強制されない」と明記されている。

しかし、最大決 2023 年 10 月 25 日は、これらの要件のうち第四号(生殖不能要件)については憲法 13 条に違反し無効であるとして、原審の広島高等裁判所岡山支部の決定(※)を破棄、差し戻しました。

※ 原審の広島高等裁判所岡山支部の決定は、生殖不能を必要とする規定(第四号)について有効と判断していた。なお、差し戻された原審は、裁判所法第4条により、上級審の裁判所の裁判における判断に拘束される。

ただし、この最高裁判決では、五号の外観適合等の要件についての憲法判断はされていません。しかし、差し戻された広島高裁は、五号について、その有効性を判断しなければならなくなりました。

※ この決定が出された当時は、FtM の場合はホルモン治療だけでは五号の外観適合の要件は満たさず、性別適合手術が必要となると考えられていた。しかし、MtF の場合は男性ホルモン治療によって外陰部形態が男性化するので、五号要件を満たすために性別適合手術までは必要はないとされていた。

そして、その差し戻し審で、広島高決 2024 年 7 月 10 日(※)は、五号の外観適合要件を「公衆浴場での混乱の回避など」から有効としました。しかし、その一方で、外観適合の要件について「他者の目に触れたときに特段の疑問を感じない状態で足りると解釈するのが相当」としました。そして、MtF の当事者について「ホルモン治療で女性的な体になっている」として、手術なしで五号の要件は満たすと判断したのです。

※ NHK 2024 年 7 月 10 日「男性から女性 戸籍上の性別変更 手術なしで認める決定 高裁

これらの判決の持つ意味と、行政の後の動きについて解説します。




1 始めに

執筆日時:

筆者:平児

(1)法的な性別変更を可能とする法制度の国際的な広がり

トランスジェンダーの男性

※ イメージ図(©photoAC)

我が国は、2007 年まで、生まれたときに割り当てられた性を法的に変更することは許されなかった。このことは、当時にあっては国民の多くが当然視しており、とくに疑問を感じていなかったように思える。しかし、国際的には多くの国で法的な性の変更が、かなり以前から認められていたのである。

最初に法的な性の変更が認められたのは、スウェーデンとされている。同国では、性の転換に関する法律が 1972 年に制定された。その後、1973 年にカナダの2州、1977 年に同ケベック州、1980 年には当時の西ドイツ、1982 年にイタリア、1985 年にオランダ、1988 年にトルコ及びオーストラリアのサウスオーストラリア州、1995年にはニュージーランド、2003 年にイギリスと広まっていった。

また、法整備はされていないものの、司法の判断で性の変更が可能とされた国は、スイス、フィンランド、フランス、スペイン、ルクセンブルグ、ポーランド、ポルトガル及び韓国がある。また、パスポートや保険証の性別の変更が認められている国には、デンマーク、オーストリア、ノルウェー及びアメリカの20余の州がある(※)

※ 以上について、藤戸敬貴「法的性別変更に関する日本及び諸外国の法制度」(国立国会図書館)、PRIDE JAPAN「性別変更をめぐる諸外国の法制度」など。


(2)性同一性障害特例法の違憲判決

ア 性同一性障害特例法の制定

(ア)性別変更の要件(生殖不能及び外観適合)

我が国では、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(性同一性障害特例法)が、議員立法によって、2003 年7月 10 日に成立し、2004 年7月 16 日から施行された。その結果、一定の要件のもとに性別の変更が可能となった。そして、この後、現在までに1万人を超える性別変更の手続きが行われている。

しかしながら、その第3条第1項において、法的な性別変更には、生殖不能(第四号)、外観適合(第五号)(※)などが要件とされている。

※ 生殖不能要件を満たすためには、一般には、内性器である精巣又は卵巣を摘出する手術が必要となる。この手術は、直接、体の外形を変えるわけではなく、子供をなす能力をなくす目的で行われる。このような手術を強要する必然性があるとは考えられず、人権の観点から強い疑問がある規定である。

また、外観適合要件を満たすためには、性器の切除やその形態を変えている必要がある。立法当時は、五号要件を満たすためには、FtM の場合は性別適合手術(SRS(Sex Reassignment Surgery)手術)が必要となると考えられていた。しかし、MtF の場合は男性ホルモン治療によって外陰部形態が男性化するので、性別適合手術までは必要はないとされていた(例えば、申立書参照)。

【性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律】

(性別の取扱いの変更の審判)

第3条 家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて、その者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができる。

 十八歳以上であること。

 現に婚姻をしていないこと。

 現に未成年の子がいないこと。

 生殖せんがないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。

 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。

 (略)

※ 法制定当時は、第一号は「二十歳以上であること」、第三号は「現に子がいないこと」とされていた。

なお、乳房形成、顔貌の女性化、声の女性化、喉仏のどぼとけの除去などの MtF における手術や、乳腺摘出、乳房切除などの FtM における手術は、性同一性障害特例法の性別変更の要件とはされておらず、性別適合手術の範疇はんちゅうには含まれないとする考え方が一般である(※)

※ 藤戸敬貴「性同一性障害者特例法とその周辺」(国立国会図書館)参照されたい。

なお、性別適合手術という用語は、一般には生殖腺除去手術を含む概念とされている。


(イ)性別変更の要件の問題点と批判

法的な性別変更に必要な、性同一性障害特例法第3条のこの要件は、「ジョグジャカルタ原則」(※)に反しているなど、あまりにも不当かつ不必要なものであり、国際的にみてもきわめて人権上の問題の大きな法律だった。

※ 2006 年にインドネシアのジョグジャカルタで開催された、国際法律家委員会や元国際連合人権委員会構成員、有識者等による専門家会議で採択された文書。国連の正式文書ではないが、トランスジェンダーの人権保護に関する国際的な合意文書であると理解されている。「法的性別変更の要件として、性別適合手術、不妊手術またはホルモン療法その他の医療処置を受けたことを強制されない」と明記されている。

このため、国際的にも性別変更に生殖腺の除去を要件とする国家があったが、廃止される動きが進んでいる。

このような中、日本学術会議は 2020 年9月 23 日に提言「性的マイノリティの権利保障をめざして(Ⅱ)」を公表して、生殖腺除去手術の廃止を強く訴えた。


イ 生殖不能の要件規定の違憲の判断

日本国憲法

※ イメージ図(©photoAC)

このような中で、裁判において、LGBTQ の権利を認める画期的な判決が出されるようになっていた。その一例としては、最三小判2023 年 7 月 11 日が、経済産業省に勤務する MtF の職員への女性用トイレの使用に制限を設けることを違法と判断したことや、札幌地判 2021 年3月 17 日が「同性婚を認めていない現状は憲法違反である」との判断をしたことなどが挙げられる。

また、メディアではあまり注目されなかったが、静岡家裁浜松支部が 2023 年 10 月 11 日の審判で、性同一性障害特例法第3条第1項第四号の生殖不能要件を憲法 13 条違反であるとした(※)のである。

※ これについては小林直三「第308号 最高裁決定以前に違憲判断をした性別変更申立に係る静岡家裁浜松支部審判について」参照

さらに、別件で、最大決 2023 年 10 月 25 日が、この第四号の生殖不能の要件(※)憲法 13 条に違反し無効であると全会一致で判断して、これを有効としていた原審の広島高岡山支部決2018年2月9日を破棄、差し戻したのだ。

※ 原審の広島高岡山支部決2018年2月9日は第四号の生殖不能要件について合憲と判断し、当事者が第四号を満たしていなかったことから、第五号については判断せずに棄却していた。このため、その特別抗告審である最高裁の決定でも第四号については違憲としたものの、(複数の裁判官の補足意見を除き)第五号については判断していない。

なお、かつて最高裁は、最2小判2019年1月23日において、「本件規定は、現時点では、憲法13条、14条1項に違反するものとはいえない」と判断していた。従って、今回の判断は、過去の判例を変更したものである。

差し戻された原審は、裁判所法第4条により、上級審の裁判所の裁判における判断に拘束されるので、その時点でこの規定が憲法第 13 条に違反することは、確定したのである(※)

※ 従って、差し戻された広島高裁は、最終的な結論を出すために、第五号の有効性について判断せざるを得なくなったのである。


ウ 補足意見による外観適合要件規定の違憲の判断

ところで、2023 年の最高裁の決定に対して、「MtF を名乗れば、男性でも女性用の公衆浴場等に入ることを拒否できなくなる」という馬鹿げた批判がなされることがある(※)

※ 2023 年の最高裁の決定は、性同一性障害特例法第3条第四号について違憲としたものであり、第五号の外観適合要件については判断していないので、そもそも見当違いの批判である。

しかし、シスジェンダーであろうとトランスジェンダーであろうと、男性の外形を有する人物が女性用の公衆浴場等に入ることが許されるわけもなく(※)、馬鹿げた批判としか言いようがない。

※ 現行法令のもとにおいては、少なくとも住居侵入等の犯罪(刑法第130条違反)になる。

なお、厚生労働省は、公衆浴場における男女の区別の方法について、令和 5 年 6 月 23 日薬生衛発 0623 第 1 号「公衆浴場や旅館業の施設の共同浴室における男女の取扱いについて」を発出している。

それによれば、「身体的な特徴をもって判断する」とされている。当然のことであろう。

これについては、最高裁決定の三浦守裁判官及び草野耕一裁判官による補足意見が次のように述べている。

性別変更審判を受けた者を含め、上記規範が社会的になお維持されると考えられることからすると、これを前提とする事業者の措置がより明確になるよう、必要に応じ、例えば、浴室の区分や利用に関し、厚生労働大臣の技術的な助言を踏まえた条例の基準や事業者の措置を適切に定めるなど、相当な方策を採ることができる。

また、特例法は、性別変更審判を受けた者に関し、法令の規定の適用については、その性別につき他の性別に変わったものとみなす旨を規定するが、法律に別段の定めがある場合を除外して、その例外を予定しており(4条1項)、公衆浴場等の利用という限られた場面の問題として、法律に別段の定めを設けることも考えられる。

(中略)

しかし、5号規定は、治療を踏まえた医師の具体的な診断に基づいて認定される性同一性障害者を対象として、性別変更審判の要件を定める規定であり、5号規定がなかったとしても、単に上記のように自称すれば女性用の公衆浴場等を利用することが許されるわけではない。その規範に全く変わりがない中で、不正な行為があるとすれば、これまでと同様に、全ての利用者にとって重要な問題として適切に対処すべきであるが、そのことが性同一性障害者の権利の制約と合理的関連性を有しないことは明らかである。

※ 最大決 2023 年 10 月 25 日(裁判官三浦守による反対意見)

5号要件非該当者によって許容区域利用者の「意思に反して異性の性器を見せられない利益」が損なわれる事態が発生する可能性はそもそも極めて低い。

(中略)

全ての許容区域は、これを公衆の用に供することを業として行う者の管理下にあるという点である。したがって、5号規定が違憲とされる社会に直面した許容区域の管理者は、①厚生労働大臣が各地方公共団体にする技術的助言及びこれを踏まえた許容区域の性別区分を定める諸条例においていうところの「男女」の解釈(なお、現行の上記技術的助言(令和5年6月 23 日付薬生衛発 0623 第1号)は「男女」の区分は専ら身体的な特徴によってなされるべきであるとしている。)(後略)

※ 最大決 2023 年 10 月 25 日(裁判官草野耕一の反対意見)

これが、公衆浴場に関する馬鹿げた批判への的確な反論となっている。シスジェンダーであろうとトランスジェンダーであろうと、男性の外形を有する人物が女性用の公衆浴場等に入れば、それはたんなる犯罪行為である。性別変更の要件などとは何のかかわりもない。


エ 差戻し審における性別適合手術の要件規定についての判断

そして、その差し戻し審で、広島高決 2024 年 7 月 10 日(※)は、五号の性別適合手術等の要件については、「公衆浴場での混乱の回避など」の目的から有効としたのである。しかし、その一方で、外観の適合については「他者の目に触れたときに特段の疑問を感じない状態で足りると解釈するのが相当」とした。

※ NHK 2024 年 7 月 10 日「男性から女性 戸籍上の性別変更 手術なしで認める決定 高裁」参照。

その上で、MtFである当事者についても「当事者がホルモン治療で女性的な体になっている」として、外観適合手術はしていなくても五号の外観適合の要件は満たしていると判断して、性別変更を認めたのである(※)

※ 本件は申し立てが認められたので、第五号の憲法判断の変更を求めて上告すること許されない。従って、第五号の最高裁による憲法判断は行われないこととなった。

なお、広島高裁決定では「5号要件に該当するために性別適合手術の実施が常に必要であると解釈するならば違憲の疑いが強い」とされている。

また、従来は、MtF については、五号の外観適合要件を満たすためには、性別適合手術が必要だと考えられていた(※)。それがホルモン治療のみで外観適合要件を満たす場合があるとされたのであるから、その意味では実質的に大きな意味を持つと言えよう。

※ LGBT法連合会理事一同「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律の3条1項5号規定に関する広島高等裁判所の決定について」(2024年 7月 11日)より。


オ 女性ホルモン治療の問題点

外観適合要件を、女性ホルモン注射によって満たすためには、それを長期にわたって受けて陰茎と陰嚢が萎縮しなければならないだろう。しかし、女性ホルモン注射を長期にわたって受けると、不可逆に男性の不妊化の副作用が起きるのである。これでは、生殖不能要件が違憲とされた意味がない

また、女性ホルモン(男性ホルモンでも同じ)は、血栓症を引き起こしたり、循環器系として CHF(心不全)を起こす副作用が知られている。その他、女性ホルモンの長期投与では、乳がんの発生率が高くなるという問題もある。

さらに、陰茎と陰嚢が萎縮すると、将来、性転換手術を行いたくなったときに「陰茎陰嚢皮膚反転法」や「陰嚢皮膚移植法」が選択できなくなる(※)などのデメリットもある。

※ 性転換手術で、より身体への侵襲が大きい「S字結腸法(大腸法)」を用いるしかなくなる。この方法では、直腸と大腸の間にあるS字結腸を切り取って膣として移植するため、下腹部を開腹する必要があるなど身体への侵襲が大きく、一般に費用も高額になる。また、気になるほどではないが臭いがやや強くなる。

従って、ホルモン治療による外観要件が満たされるからと言って、すべてが解決したと言えるわけではないのである。


2 最高裁違憲判決の意義とその後の動き

(1)最高裁違憲判決の意義

ア その後の家庭裁判所の審判の実務

レインボーフラッグを振る女性

※ イメージ図(©photoAC)

確かに、性同一性障害特例法第3条第1項は、第一号から第三号についても人権上の問題があり、第五号についてもきわめて問題が大きい。だが、それにもまして、生殖能力をなくさなければならないという第四号はまったく不合理かつ必要がないもので、人権侵害の問題の大きなものである。

現時点では、法改正は行われていないが、性別変更の家庭裁判所の審判では、すでに四号要件は求められていないようである。弁護士の水谷氏(※)によると次のようにされている。

※ 関東ジェンダー医療協議会「法的性別取扱い変更要件に関する2023年2つの裁判決定とその影響について」(水谷陽子弁護士の講演のまとめ)

トランス男性(FTM)は、法律上の性別取扱い変更を目的とするのであれば男性ホルモン治療によって外陰部形態が男性化していれば5号要件を満たすので、手術を受けることなく性別取扱い変更が可能となります。(ただし、特例法1~3の要件は満たしていなければなりません。)

トランス女性(MTF)の場合は、5号要件が無効にはなっていませんので、現状では今まで通りに外陰女性化手術(性別適合手術)が必要になります(※)。ただし、今後数年単位で考えるとこの要件がなくなる可能性がありますので、その可能性を視野に入れながら、本人の経済力や希望する医療手段の優先順位なども考えつつ手術時期を検討する必要がありそうです。

※ 関東ジェンダー医療協議会「法的性別取扱い変更要件に関する 2023 年2つの裁判決定とその影響について」(水谷陽子弁護士の講演のまとめ)

※ この講演の当時は、MtF の場合は外陰女性化手術が求められていた。この手術は、陰茎・睾丸摘精巣切除術を伴うので、結果的に生殖能力をなくすこととなる。そのため、MtF の場合には、あまりメリットはなかった。しかし、前述したように、広島高決 2024 年 7 月 10 日は、MtF の場合であってもホルモン治療によって性別変更を認められている。

裁判所の WEB サイト(※)でも、「令和5年10月25日付け最高裁判所大法廷決定において、5の要件(第五号の要件:引用者)は憲法 13 条に違反し無効であるとの判断が示されています」と明記されている。

※ 最高裁 WEB サイト「性別の取扱いの変更


イ 差戻し審における性別適合手術の要件規定についての判断

五号の外観適合要件については、広島高決 2024 年 7 月 10 日が正当とし、最高裁の判断は行われないこととなった。しかし、MtF についてもホルモン治療によって性別変更が認められることとなった。

今後、他の家庭裁判所でも、これを踏襲する審判が続く可能性が高いだろう。また、仮に認めない審判が行われたとしても、抗告、上告することによって認められる可能性が高くなったと言えよう。

五号の外観適合要件については、当事者でも意見の分かれるところである。外陰女性化手術を望む方にとっては、とくに問題はない。しかし手術を望まない方もいるし、強く悩んでいる方もおられる。選択肢が広がることは望ましいことである。

ただし、五号の外観適合要件そのものについて、法的に有効としていることについては問題を残したものと言えよう(※)

※ LGBT法連合会理事一同「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律の3条1項5号規定に関する広島高等裁判所の決定について」(2024年 7月 11日)


(2)性同一性障害特例法改正の動き

このような動きを受けて、立憲民主党が法改正案を提出(※1)したほか、日本共産党も法改正を主張(※2)している。

※1 立憲民主党2024年6月12日「トランスジェンダーの性別変更要件を緩和する「GID特例法改正法案」を衆院に提出

※2 しんぶん赤旗2023年10月26日「人権の見地に立った重要な判断

一方、自民党内の保守派は、法改正そのものは必要としているものの(※1)、性別変更には新たな要件の創設が必要と主張する(※2)など、改正への道筋は見えていない。

※1 時事通信2023年11月09日「性別変更「医学的な要件維持を」 法改正は容認―自民保守系議連

※2 時事通信2024年01月04日「性別変更、法改正見通せず 違憲判断も保守派慎重―与野党の意見交錯

もうひとつの与党である公明党は、建前上は法改正が必要としている(※)。しかし、公明党はこれまでも、LGBTQ に関しては表向きには差別解消を主張するものの、実際には自民党保守派よりも差別温存に努めているのが実態である。とうてい、信用できるような状況ではない。

※ NHK 2024年7月3日「公明 性同一性障害の性別変更“手術要件削除を”法改正目指す


3 最後に

(1)与党の LGBTQ についての議論はなぜ飛躍するのか

与党(右派)は、LGBTQ の自己決定権の拡大にことごとく反対している。性別変更についても、極力行わせたくないようだ。

与党(右派)の主張は、女性スペースを守るというのが大義名分となっている。しかし、公衆浴場の問題にしてもトイレの問題にしても、性別変更や LGBTQ の差別解消とは何の関係もないことである。

トランスジェンダーで、男性の身体のまま女性専用のスペースに入ろうという方は、どこにもいない。それは、与党(右派)のいいがかりであって、性別変更の敷居を低くすると男性の身体のまま女性スペースに入る人間がいるなどというのは議論の飛躍以外の何物でもない。

女性スペースに入ってもよいかどうかと、性別変更を認めるかどうかとは何の関係もないのである。すでに述べたように、シスジェンダーだろうとトランスジェンダーだろうと、男性の身体のまま女性専用のスペースに入れば、それは犯罪に過ぎないのである。

男性の身体を変更したくはないが、女性として生きていきたいという方も多いだろう。しかし、その場合は、女性専用のスペースに入ることは許されないというだけのことである。

それを選択することが、なぜ許されないのだろうか? そもそも、男性が女性の格好をしたり、女性が男性の格好をすることは法律上、何の問題もないのである。

平児(筆者=身体も心も女性)も、男装して外出することがときどきある。そのときは、トイレはなるべく我慢するが、どうしてもというときは女性用を使用している。なお、共同浴場に入るのは嫌いなので、高校の修学旅行のときから後は入ったことはない。

自分が男なのか女なのか、それとも別な何かなのかは、自分の自由な意思で決められるようなものではない。社会生活のルールを守って生きていく限り、その本来の性別で生きていくことに何の問題があるというのだろう。


(2)男であるか、女であるかに条件など要らない

平児は、性同一性障害特例法第3条第1項の要件は、すべて廃止するべきだと思っている。ただ、第一号の 18 歳以上の要件は、15 歳としてもよいかもしれない。

第二号の非婚要件は、結婚していると同性婚を認めることになってしまうからというのが理由だが、逆に同性婚を認めればよいだけのことである。

また、第三号の未成年の子がいないという要件は、男女という性別と父母という 属性の不一致が生ずることを避けるためというのが理由だが、不一致が生じても何の問題もない(※)

※ 東京弁護士会会長 矢吹公敏「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律の「現に未成年の子がいないこと」の要件に関する意見書」参照

とりわけ、生殖不能(第四号)と外観適合(第五号)の要件など何の合理性も必要もない。平児が男性の格好で外出しても、法律上、何の問題もないのであるから、男性の身体を持った女性がいてもなんの問題もないではないか。

トランスジェンダーの方には、身体の外観を変えたくない方もいれば、絶対に変えたいという方もいるだろう。それぞれが、それぞれの判断で生きていくことに何の問題があろう。男性の身体のままで生きる女性は、女性専用スペースに入りさえしなければ(※)よいだけのことである。

※ 男性の身体を持った女性は、公共の福祉の観点から、女性専用スペースへ入ることを禁止されるべきである。そして、それに反対する男性の身体を持った女性がいるとも思えない。

むしろ、女装して女性用の風呂に入って逮捕されたりするのは、シスジェンダーの男性しかいないのが実態である。犯罪と性別変更とは何の関係もない。

いい加減に、古い因習と差別意識にとらわれて、トランスジェンダーの権利を侵害することは止めるべきである。


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