神吉立教大准教授批判


神吉知郁子立教大学准教授は、国家が最低賃金を定めることについて否定的な発言を繰り返しておられる「学者」で、最賃の引き上げにも反対の立場をとっています。

氏が、朝日新聞の耕論で、最低賃金の性格を真っ向から否定し、貧困の連鎖の固定化につながる主張をしています。これは、労働者の生活保障の観点からも、日本の長期的に見た成長の観点からも看過できないものです。




1 最初に

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筆者:柳川行雄

神吉知郁子立教大学准教授は、厚生労働省の「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」、「柔軟な働き方に関する検討会」及び「解雇無効時の金銭救済制度に係る法技術的論点に関する検討会」の委員等に名を連ねる賃金制度の比較法学の専門家である。この神吉准教授が最低賃金制度に関して、2019年7月31日の朝日新聞の「耕論」で奇妙な発言をしておられる。

もともと、神吉准教授は、国家が最低賃金を定めることについて否定的な発言を繰り返しておられる「学者」であり、最賃の引き上げにも反対の立場をとっておられる(※)ことは存じ上げていた。

※ 例えば、機関誌連合通信社「〈インタビュー/最賃千円時代の特定最賃〉(7)/公正水準を後押しする制度に/神吉知郁子立教大学准教授に聞く」において、最低賃金制度について「このまま地域別最賃が引き上がれば、今のままだと大部分が駄目になっていくでしょう」などと発言しておられる。

だが、氏が朝日新聞の耕論で述べていることは、最低賃金の性格を真っ向から否定するもので、貧困の連鎖の固定化しようというものであり、看過できないものである。

ここに一稿を起こし批判をしておきたい。


2 神吉知郁子准教授による最低賃金制度への提言

神吉准教授は、耕論において、欧米の制度の紹介という形ではあるが、「学生や若者、実習生などに対し、一般成人労働者とは別に低い最低賃金が設定されています」と、学生や若者について差別的な最低賃金制度を設けることについて肯定的な発言しておられる。

そして、その上で日本の最賃制度についても「地域(別最賃=引用者)ではなく、年齢層や就学状況、企業の規模等で最低賃金に差をつける選択肢もあり得ます」とするのである。

以下、この発言の持つ問題点について分析していきたい。


3 神吉知郁子准教授の問題点

(1)最低賃金制度の意義を否定するものである

ア 最低賃金の意義とは

最低賃金法第1条は最低賃金の目的について「賃金の低廉な労働者について、事業若しくは職業の種類又は地域に応じ、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もつて、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資する」としている。すなわち、最低賃金制度の第一義的な目的は、何よりも低賃金労働者に賃金の最低額を保障することにより、彼らの労働条件の改善を図ることにあるのだ。

イ 神吉准教授の主張は何をもたらすか

神吉准教授は「年齢層や就学状況、企業の規模等で最低賃金に差をつける」ことも選択肢だとされる。

しかしながら、例えば企業規模についていえば、大規模な企業については最低賃金など定めてもあまり意味がない。というのは、大規模な企業には最賃制度で賃金を保証すべき低賃金労働者など(特殊なケースを除いては(※)存在しないのである。貧困層の労働者は、中小零細企業や短時間労働者、不正規労働者に集中しているのだ。

※ 一般のブルーカラー労働者は、様ざまな諸手当の賃金に占める割合が高いため、なんらかの理由で諸手当がなくなると、低賃金労働者になってしまうということはあり得る。現実に、某大企業の労働者で、組合差別のために、時間外労働と交代制勤務をなくされたというケースで、生活保護を申請して認められたという例があった。

このような状況で大企業と中小企業で最賃を区別すれば何が起きるだろうか。使用者側は、大規模企業の最賃を上げる見返りとして中小零細企業の最賃額を下げることを強硬に主張するだろう。その結果、中小零細企業の最低賃金額は現在よりも下がることが目に見えるのである。

すなわち、意味のない大企業の最低賃金額を上昇させることと引き換えに、本当に労働条件を改善するべき低賃金層の賃金額を引き下げることになることは目に見えているのである。

ウ 神吉准教授の主張の矛盾点

(ア)神吉教授の主張の基本

神吉准教授の考えの基本は、中小零細企業の労働者や派遣労働者などの不安定労働者は、大企業の正社員である労働者よりも最低賃金保障のレベルは低くてもかまわないというものである。

一見すると、大企業の経営者に厳しく、中小零細企業の経営者の実情に配慮しているように見える。しかしながら、このような主張は大企業の経営者にとってこそ、一方的に有利なものなのである。

(イ)中小零細企業の賃金は何によって決まるのか

我が国の大規模な企業を支えているのは、多くの"協力企業"や"関連企業"と呼ばれる中小規模企業(※)なのである。よく、最低賃金を引き上げると多くの中小企業が倒産してしまうなどという極論を見かけることがある。しかし、そのようなことはあり得ない。

※ ありていに言えば、下請けと子会社・孫会社である。

なぜか? 簡単な理由である。多くの中小零細企業が倒産すれば、日本経済全体がおかしくなってしまう。それは、大企業にとっても困るのである。

それを避けるためには、大企業は発注単価を上げるようになるのである。我が国の大企業には、中小零細企業の賃金が上昇しても、それを解消する程度に発注単価を引き上げる体力はあるのだ。

エ 神吉准教授は最低賃金制度の本質が見えていない

逆に、中小規模企業の賃金レベルを引き下げても、中小零細企業の経営者の経営改善にはつながらないのである。たんに発注単価が下がって大企業が潤うだけのことなのだ。

我が国の最低賃金制度の本質は、実は、大企業という強者が最も弱い立場の中小零細企業の労働者の賃金の低下によって潤うということがないように、国家が規制をかけるということにすぎないのである。

神吉准教授には、この本質が見えておらず、表面的な部分しか見ていないのだ。そこが、この三流学者神吉准教授の三流たる所以なのである。

オ 神吉准教授の主張の矛盾点

それでも、神吉准教授の提言は、少なくとも形式的には大企業に厳しいように見える。しかし、そうではない。会社分割によって企業規模を小さくしたり、アウトソーシングによって中小規模の派遣会社の利用が進んだりすれば、大規模企業用に定めた最低賃金など、いくらでも逃れられる道はあるのだ。

とりわけ、大規模な派遣会社は、持ち株会社になって、労働者を直接雇用する企業の規模を小さくすることは間違いないだろう。

神吉准教授の主張は、企業がアウトソーシングを進め、不安定雇用を増やすことになりかねないのである。


(2)同一労働同一賃金の原則に反する

また、企業規模によって最低賃金額を変えたり、学生や技能実習生は一般成人労働者よりも最低賃金額を下げたりしてもよいとする主張は、同一労働同一賃金の原則にも反する。

神吉准教授は、「年齢層や就学状況、企業の規模等で最低賃金に差をつける」と提言するが、年齢層や就学状況、企業の規模が異なると、労働生産性が異なるとでもいうのだろうか。

同じ企業の中で、経験年数が長く仕事が良くできるが、低学歴で年齢も若い労働者と、雇用されたばかりで仕事の効率が悪いが学歴と年齢の高い労働者で、後者の賃金が高かったら、果たして労働者の納得が得られるだろうか。

まさに差別意識にのみ立脚した矛盾に満ちた主張というより他はない。


(3)学生・実習生は生活レベルが低くて良いのか

ア 学生・実習生は最賃が低くてよいという理由はない

また、神吉准教授は、外国制度の紹介という形で、「学生や若者、実習生などに対し、一般成人労働者とは別に低い最低賃金が設定されています」として、学生や若者、実習生は一般成人労働者よりも賃金が低くてもよいと主張しておられるようだ。

神吉准教授は、学生や若者は、一般成人労働者よりも最低賃金が低くて構わないのかの理由として、英国の制度について「学生や見習労働者の最低賃金は成人の約半額に設定し、雇用削減の影響を受けやすい人々の雇用を守れるように工夫している」としている。

しかし、これはあまりにもばかばかしい理論だ。我が国においては、正社員の解雇はそう簡単にはできないのである。一方、どちらにしても、学生や見習労働は、賃金が高かろうが低かろうが雇用削減の影響を受けやすいのである。

イ 学生・若者の賃金水準補償の必要性は高い

神吉准教授の主張は、奨学制度や若者の福利厚生が整った国家と、貧弱な奨学制度しかない我が国を同一視するものであり、きわめて粗雑な主張というより他はない。

学生の中には(私もそうだったが)親からの支援を受けられず、自力で生活費と学費を稼いでいる者も多いのである。むしろ、一般成人労働者と異なり、授業のために十分な労働時間を確保することが困難であり、しかもアルバイトで得た収入の中から学費の負担もしなければならないのである。

また、若年の労働者の中には、様ざまな理由から親の支援を受けられないシングルマザーなどもいるのだ。神吉准教授は「他に稼ぎ手がいる世帯のパートやアルバイトでは、それぞれ賃金の役割か異なります」と主張している。神吉准教授は、パートやアルバイトは他に稼ぎ手がいると信じておられるようだ。あまりにも、現実を知らないのである。

冗談ではない。現実には、他に稼ぎ手がないパートやアルバイトなどいくらでもいるのだ。一般成人労働者よりも彼らの最低賃金額が低くてよいなどという理由はどこにも存在していないのである。むしろ、パートやアルバイトこそ、最低賃金制度で賃金を保障しなければならない人々そのものなのである。

ウ 学生・実習生の人権問題

そもそも、神吉准教授が大学から得ている収入も、学生が苦労して得たアルバイトの賃金の中から得られていることを忘れているのではないだろうか。

苦学生の中には、学費の支払いのために、最低限の生活水準以下の者も多いのである。その学費から高額の所得を得ている神吉准教授には、そのようなことはどうでもよいらしい。

安倍・菅政権の御用学者の一人である神吉准教授は、学生の人権を考えるという教育者としての意識はないようだ。


4 安倍・菅政権の御用学者神吉知郁子准教授の基本思想とは

結局のところ、神吉准教授の主張には、いかなる合理的な理由も存在していないのである。それはたんに、中小零細企業の労働者は、大企業の労働者よりも賃金が低くてもよい、低学歴者は高学歴者と同じ仕事をしていても生産性が低いはずだ=だから賃金が低くても当然という、神吉准教授の差別意識の現れに過ぎない。

また、学生や実習生は最低賃金が低くてもかまわないというのも、貧困層は大学へ来なくてもよい=富裕層の子弟だけが大学へ来ればよいという発想が背景にあるのだろう。すくなくとも神吉准教授には、貧困層の学生が見えていないのである。

さらに、神吉准教授が、最低賃金が低くてよいと主張するパートやアルバイトの賃金で生計を立てている若者も多いのである。その中には、子供を育てているシングルマザーもいるのだ。このような人々の中には絶対的貧困層に落ち込むリスクも高いのである。

もっとも、このような人々の存在を見ようとしないからこそ、神吉准教授には安倍・菅政権の御用学者が務まるのであろう。

この耕論の神吉准教授の主張を読んでいると、富裕層を優遇することにより、「貧困層にもそのおこぼれがいくはずだ」という橋下龍太郎氏からの自民党の基本思想が見え隠れしている。

もちろん、そのようなことは戯言たわごとだ。富裕層は財産を抱え込み、貧富の格差が拡大するだけのことだ。