- 1 はじめに
- (1)それは沖縄自動車道の事故から始まった
- (2)産経新聞による署名記事
- (3)琉球新報による反論
- (4)沖縄タイムスによる反論
- 2 事実関係と産経報道の問題点
- (1)事故の事実関係
- (2)産経新聞の問題点
- 3 最後に
- (1)米軍の行為を否定するものではない
- (2)事件の本質
- (3)一部のマスコミによるフェイク
1 はじめに
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筆者:柳川行雄
(1)それは沖縄自動車道の事故から始まった
2017年12月1日、沖縄自動車道で車両6台が関係する事故があり、米軍の曹長が重体となった他、日本人2名が軽傷を負った。負傷された曹長はじめ3名の方の一日も早い回復を祈りたい。だが、事故そのものはありふれたもので、地方ニュースのひとつとして、やがて一般の人々からは忘れられてゆくようなものである。
ところが、12月9日になって、産経新聞が「危険顧みず日本人救出し意識不明の米海兵隊員 元米軍属判決の陰で勇敢な行動スルー」という那覇支局長の署名記事をWEBにアップしたところから、産経新聞と沖縄の地元新聞社2紙の論争に発展するのである。
(2)産経新聞による署名記事
この産経新聞の記事の冒頭には、次のように記されている。
【産経新聞那覇支局長署名記事(2017年12月9日)より】
12月1日早朝、沖縄県沖縄市内で車6台による多重事故が発生した。死者は出なかったが、クラッシュした車から日本人を救助した在沖縄の米海兵隊曹長が不運にも後続車にはねられ、意識不明の重体となった。「誰も置き去りにしない」。そんな米海兵隊の規範を、危険を顧みずに貫いた隊員の勇敢な行動。県内外の心ある人々から称賛や早期回復を願う声がわき上がっている。ところが「米軍=悪」なる思想に凝り固まる沖縄メディアは冷淡を決め込み、その真実に触れようとはしないようだ。
すなわち、この曹長が「クラッシュした車から日本人を救助した」と断定的に報じ、「沖縄メディアは冷淡を決め込み、その真実に触れようとはしない」と沖縄の2紙を批判したのである。
なお、産経新聞は、12月10日の記事で、沖縄県有志50名が、この曹長に贈るために、「感謝の気持ちや早期回復への願いなどを込めたメッセージを2枚のTシャツにしたためた」という記事をアップしている。さらに同17日にも、「12月1日に沖縄県沖縄市で発生した車6台による多重交通事故で、クラッシュした車から日本人男性(同県民)を救助し後続車にはねられて意識不明の重体となった在沖米海兵隊曹長、ヘクター・トルヒーヨさん(44)の回復を祈る県民ら約20人が17日夕も浦添市内に集まり、それぞれの思いを込めたメッセージをTシャツにしたためた」と、続報を伝えている。
問題は17日の記事の方である。この中で産経新聞は次のように報じているのだ。
【産経新聞記事(2017年12月17日)より】
関係者によると、トルヒーヨさんに救出されたのは名護市内の病院に勤務する医師だった。この日は同病院の男性=同市=も家族とともに駆けつけ、同僚の思いも含んだ感謝と早期回復への願いを書き込んだ。
この箇所を読まれればお気づきになられると思うが、産経新聞はこの時点では、曹長に救出された(と産経新聞が主張する)日本人被災者を明確には特定できておらず、本人への取材はできていないようなのである。
もっとも、「同病院の男性=同市=も家族とともに駆けつけ、同僚の思いも含んだ感謝と早期回復への願いを書き込んだ」と書かれているので、日本人被災者の勤務先は把握していたのであろう。この記事中にある「同病院の男性」には取材したようにも読める。
だが、そうだとすると、それはそれで疑問がわく。「同病院の男性」に取材したのであれば、なぜ「関係者によると」などという書き方で本人についてあいまいさを残したのだろうか。さらには、なぜ本人に取材をしなかったのだろうか。ことによると、「同病院の男性」にも取材はしていないのではないかという疑問がわくのである。
ところで、那覇支局長の記事はきわめて長文で、最後は次のように沖縄の地元新聞社2紙を強く批判している。そして、その一方で「『誰も置き去りにしない』。そんな米海兵隊の規範を、危険を顧みずに貫いた隊員の勇敢な行動。県内外の心ある人々から称賛や早期回復を願う声がわき上がっている」と件の曹長の行為を絶賛し、一方で沖縄の2紙を「メディア、報道機関を名乗る資格はない。日本人として恥だ」とまで言っているのである。
【産経新聞那覇支局長署名記事(2017年12月9日)より】
遅ればせながらここで初めて伝えている記者自身も決して大きなことは言えないが、トルヒーヨさんの勇気ある行動は沖縄で報道に携わる人間なら決して看過できない事実である。
「報道しない自由」を盾にこれからも無視を続けるようなら、メディア、報道機関を名乗る資格はない。日本人として恥だ。とまれ、トルヒーヨさんの一日も早い生還を祈りたい。
ところが、事実関係を調べるために肝心の当事者に取材さえしていないのだ。そればかりか、後に述べるように、関係方面への十分な取材を行ったとさえ思えないのである。これは報道機関の姿勢として如何なものであろうか。
(3)琉球新報による反論
この産経新聞の批判に対して、2018年1月30日になって、琉球新報が反論を行った。この記事には、次のように記されている。
【琉球新報記事(2018年1月30日)より】
米海兵隊は29日までに「(曹長は)救助行為はしていない」と本紙取材に回答し、県警も「救助の事実は確認されていない」としている。産経記事の内容は米軍から否定された格好だ。県警交通機動隊によると、産経新聞は事故後一度も同隊に取材していないという。
※ 琉球新報DIGITAL「産経報道『米兵が救助』米軍が否定 昨年12月沖縄自動車道多重事故」より
すなわち、事故の調査を行った米海兵隊と県警が、産経新聞の言う「曹長が日本人被災者を救助しようとして事故に遭った」ということを事実ではないと否定したのである。そればかりか、産経新聞は記事を書くにあたって県警に取材さえしなかったというのだ。
県警は、当然のことながら、重体となった曹長を除く、すべての関係者から事情を聴取しているであろう。他の2名の被災者は軽症であり、彼らからも事情を聴取していないはずがない。また、米軍もこの事故にかかわった米軍の軍人、軍属から事情を聴取しているであろう。その米軍と県警が件の曹長による救助の事実を否定しているのである。
産経新聞が、(産経新聞が曹長に救助されたとする)日本人被災者に直接取材していないことを、自ら記事中で認めた形になっていることは先ほど述べたとおりである。では、産経新聞那覇支局長は、いったい誰に取材して記事を書いたのであろうか。
それも、先ほどの那覇支局長の記事中に記載されている。ひとつは米軍への取材である。
【産経新聞那覇支局長署名記事(2017年12月9日)より】
米第三海兵遠征軍の担当官は産経新聞の取材にこう答えた。
「海兵隊はいかなる状況であろうとも、また任務中であろうと任務中でなかろうとも、体現される誠実や勇気、献身といった価値をすべての海兵隊員に教え込んでいる。別の運転手が助けを必要としているときに救ったトルヒーヨ曹長の行動はわれわれ海兵隊の価値を体現したものだ」
すると、米軍は、産経新聞に対しては件の曹長が日本人の救護活動を行ったと述べ、琉球新報に対しては「(曹長は)救助行為はしていない」と述べたことになる。これはどういうことだろうか。
これについては、先ほどの琉球新報の記事中にヒントがある。
【琉球新報記事(2018年1月30日)より】
在日米海兵隊のツイッターでは12月、曹長へ回復を祈るメッセージを送る県民の運動について発信する際に「多重事故で横転した車から県民を救出した直後に車にひかれ」と、救助したと断定した書き方をしていた。その後、このツイートは「多重事故で車にひかれ意識不明の重体になった」と訂正された。
海兵隊は取材に対し「事故に関わった人から誤った情報が寄せられた結果(誤りが)起こった」と説明している。
※ 琉球新報DIGITAL「産経報道『米兵が救助』米軍が否定 昨年12月沖縄自動車道多重事故」より
すなわち、米軍は産経新聞から取材があった時点では、曹長が日本人被災者を救出していたと思っていたが、後にそうではないと気付いたということかもしれない。琉球新報と沖縄タイムスは、産経新聞などの本土のメディアに比較すれば、県内の記者の数が桁違いに多い。おそらく県警や米軍への取材によって、曹長が日本人被災者を救出したのではないことは分かっていたのであろう。
さて、那覇支局長の取材先に話を戻そう。この那覇支局長の記事には、他に取材したという記述がないのである。そればかりか、この記事の根拠としては、件の曹長の御夫人のフェイスブックの記事が挙げられているのみなのである。
(4)沖縄タイムスによる反論
さらに2月3日には、沖縄タイムスが決定的な記事を載せた。すなわち、産経新聞が件の曹長によって救助されたとする日本人被災者本人のコメントを載せたのである。
【沖縄タイムス記事(2018年2月3日)より】
男性の代理人としてコメントを発表した天方徹弁護士によると、男性が乗っていた車は追突され、運転席側が下になった状態で横転。追突車両の日本人運転手が「助手席ドアを開けてくれたので、自力ではい上がって車外に出て路肩に避難し、警察や救急車を要請する電話をかけた」という。
その数分後、米軍関係者が「大丈夫か」と声をかけてきたが、その人が重体となった曹長かどうかは分からないという。男性は「米軍関係者の方に救助された記憶はない」とした上で、曹長の安否を気遣い、「一日も早い回復をお祈りする」とコメントした。
すなわち、肝心の当事者によって明確に産経新聞の記事が否定されたのである。
産経新聞の那覇支局長の記事と比べてみよう。事実関係が全く異なるのである。被災者本人が嘘をついているのでない限り、こちらがまったくの誤報だということが分かるであろう。
【産経新聞那覇支局長署名記事(2017年12月9日)より】
しかしトルヒーヨさんはなぜ、路上で後続車にはねられるという二次事故に見舞われたのか。地元2紙の記事のどこにも書かれていない。
実はトルヒーヨさんは、自身の車から飛び出し「横転車両の50代男性運転手」を車から脱出させた後、後方から走ってきた「米軍キャンプ・ハンセン所属の男性二等軍曹」の車にはねられたのだ。50代男性運転手は日本人である。
沖縄自動車道といえば、時速100キロ前後の猛スピードで車が走る高速道路だ。路上に降り立つことが、どれだけ危険だったか。トルヒーヨさんは、自身を犠牲にしてまで日本人の命を救った。男性運転手が幸いにも軽傷で済んだのも、トルヒーヨさんの勇気ある行動があったからだ。
また、この那覇支局長の署名記事は、件の曹長の御夫人のフェイスブックの記事を紹介している。
【産経新聞那覇支局長署名記事(2017年12月9日)より】
妻のマリアさんは3日、自身のフェイスブックにこう投稿した。
「最愛の夫は28年間、私のヒーローです。夫は美しい心の持ち主で、常に助けを必要としている状況や人に直面したとき、率先して行動する人です。
早朝、部下とともに訓練があるため、金曜日の午前5時高速道を走行中に事故を目撃した。関わりのない事故だと、見て見ぬ振りして職場への道を急ぐこともできました。
でも主人は自分の信念を貫き、躊躇(ちゅうちょ)せず事故で横転した車内の日本人負傷者を車外に助け出し、路肩へと避難させました。そして私の夫は後ろから来た車にひかれてしまいました。
彼のとった無我無欲で即応能力のある行動こそが真の勇敢さの表れです。私の心は今にも張り裂けそうです。主人はサンディエゴ州の海軍病院に搬送されました。みなさんにお願います。どうか私の主人のためにお祈り下さい」
一人の人間としては、ご主人が事故に遭われたご夫人のお気持ちは理解できるし、フェイスブックにこのような記事をアップされた心情もよく分かる。しかし、御夫人の心情が書かれた部分のみならず、事実関係について記されたところまで、そのまま事実として記事に引用するのは報道機関として如何なものであろうか。
2 事実関係と産経報道の問題点
(1)事故の事実関係
さて、ここで事故の発生した経緯について簡単に説明しておこう。新聞報道から推測すると、事故の事実関係は、次のようなものであったと考えられる。
- ① 2017年12月1日午後 軽自動車と乗用車が衝突し、軽自動車が横転した。
- ② 事故に気付いて別の軽自動車が停車した。
- ③ 停車した軽自動車に、件の曹長の車(Yナンバー)が接触し、曹長は路肩に停車した。
- ④ 米軍の公用貨物車が停車していた軽自動車にさらに接触し、その後で中央分離帯と曹長の車に接触した。
- ⑤ 曹長が車を出て、現場にいた他の隊員の安否を確認した後、「自分の車を動かすよ」と言ってその隊員から離れた。
- ⑥ 起い越し車線を走行してきた、米軍2等軍曹の運転する車(Yナンバー)が曹長に激突した。
- ⑦ 曹長は意識不明の重体となり救急隊により病院へ搬送された
横転した軽自動車に乗っていた被災男性は、日本人が助手席ドアを開けてくれたので自力で車外に出て路肩に避難し、その後、米軍関係者に「大丈夫か」と声をかけられたことは、先述したとおりである。
なお、沖縄タイムス2月2日付記事によると、件の曹長は「現場にいた目撃者によると、曹長は事故に巻き込まれた人々の状況を確認するため、道路脇に止まった後にはねられた」と米海兵隊が説明しているとのことである。
また、「米カリフォルニア州の医療施設に転院した曹長の容体は現在安定しており、リハビリを続ける予定」とのことである。曹長が回復していることは喜びたい。
(2)産経新聞の問題点
ここで問題になるのは、産経新聞がどこまで取材をして記事を書いたかである。先ほども述べたように那覇支局長は、署名記事中で取材先として米軍を挙げている。だが、このような事故では、その取材した時期が問題になる。というのは、米軍が関係者からの聴取を行う十分な時間が経過した後であれば問題は少ないが、事故の直後には関係機関の内部でも様々な誤報が飛び交うことがあるからである。これは、マスコミであれば常識であろう。事実、米軍は公式ツイッターの記事を修正しているのである。
那覇支局長の署名記事は、米軍からの情報として報道しているのではなく、那覇支局長の言葉で、曹長が救助作業を行ったと断定的な書き方をしている。
たんなる米軍からの情報としてではなく、自ら断定的な書き方をするのであれば、十分な裏付け取材を行わなければならないだろう。仮に、当事者が拒否するなど取材が難しい状況だったとしても、県警の担当部署に取材することに問題はないはずである。当然、警察内部には顔見知りもいるだろうし、いきなりの取材だったとしても全国紙の那覇支局長の取材であれば、県警側も対応はする。ところが県警への取材すら行っていないのだ。
その一方で、御夫人のSNSの記事は長々と引用している。だが、少なくとも御夫人に対して取材をして、事実関係について裏を取る努力をするべきであろう。それができなかったのであれば、報道としては抑えるべきである。ところが、那覇支局長は手放しでこのフェイスブックの記事を称賛し、「勇気ある行動」を事実であるかのように記しているのである。
【産経新聞那覇支局長署名記事(2017年12月9日)より】
トルヒーヨさんは3人の子供の父である。マリアさんの夫への「思い」は世界中で反響を呼び、トルヒーヨさんの勇気ある行動を称えるとともに、回復を祈るメッセージが続々と寄せられている。日本国内でもネット上に沖縄県内外を問わず同様の声が巻き上がっている。
これでは、米軍のみに取材して、広報まがいのことを聞かされて鵜呑みにし、あとはろくに裏付け取材もせずに、関係者のSNSの内容をみて記事を書いたと言われても反論できないのではなかろうか。
批判精神もなく、事実関係の裏付けもなしに、米国軍人を英雄に祭り上げるなら、米軍の広報機関と同じである。というより、米軍の広報担当部署も彼を人命救助の英雄だとは言っていないのだ。米軍よりも米軍の軍人を英雄に仕立て上げようとする産経新聞は、日本の真実の報道をするということや我が国の国益よりも、米軍の利益を優先しようとしているのではなかろうか。
3 最後に
(1)米軍の行為を否定するものではない
米軍によれば、件の曹長は事故の現場において他の軍人の安否を確認しており、また被災者に「大丈夫か」と声をかけた可能性もある。いずれにせよ米軍軍人の誰かがこの被災者に安否確認の声をかけたわけで、そこに居合わせた米軍軍人たちが、必要があれば人命救助を行おうとしていた可能性は高いと思う。そのことはもちろん否定はしない。
また、少人数とは言え、沖縄県民有志が件の曹長に対して、回復の思いを伝えようとしたことは、称賛されるべき行為と考える。
ところで、本土に在住している方の中には、沖縄では県民と米軍軍人が常に対立していると思っておられる方がおられるが、日常的なレベルや個人的なレベルではそのようなことはない。エイサーの祭りなどには、米軍の軍人や家族がかなり参加しているし、米軍基地で祭りがあれば、県民は気楽に参加する。
私(柳川)が沖縄に赴任したのは、那覇ハーリという祭りに那覇市長が自衛隊員を参加させたことで、市民や報道機関の批判運動が起きていた時期であった。私が子供を連れて那覇ハーリに行ったときに乗ったタクシーの運転手も、自衛隊の参加に反対だと言っていた。しかし、実を言えば、米軍の方はかなり以前から那覇ハーリに参加していたのである。
事実、ほとんどの米国軍人は、日常のマナーも良い。彼らも普通の人間なのである。軍隊に入った途端に人間の本質が悪くなるというようなものではないのだ。
ただ、個々の米軍軍人の人間性や、沖縄県民と軍人との交流があることと、沖縄に外国軍隊が駐留しているという事実とは次元の異なる問題なのである。そこを混同してはならない。
(2)事件の本質
ア 取材不足で誤報を発したこと
この産経新聞の誤報事件の最大の問題は、報道機関が事実関係をゆがめて報道したことである。那覇支局長は、単純に件の曹長が沖縄県民の人命救助を行って被災したにもかかわらず、米軍軍人だということで地元紙がそれを無視したと考えたのかもしれない。
しかし、そう考えるにはどうみても取材不足なのである。でっちあげとまでは言わないが、米軍にのみ取材して警察や当事者に取材して裏付けを取ることもせずに報道したのであるから、それに近いと言われてもしかたがあるまい。曹長の御夫人のSNSも裏付けを取らずに記事にそのまま載せている。
このレベルでの取材で、誤報を載せておきながら、他社を批判するようなニュースをフェイクニュースというのである。
イ 問題のすり替えを行っていること
また、もうひとつの問題は、"個々の米軍軍人の行動"と"沖縄の基地の問題"をすりかえていることである。米軍の軍人が人命救助を行って被災したとしてこれを英雄扱いし、そのことを報じなかったとして基地問題という何の関係もないことに結び付けて地元紙を批判しているのである。
報道機関が権力を有する者におもねるような形で誰かを英雄に仕立て上げようとするときは、それを読むときは十分に気を付けなければならない。かつてのソ連が仕立て上げた"労働英雄"もしかり、ナチが英雄に仕立て上げたホルストベッセルもしかりである。
なお、誤解のないようにお断りしておくが、私は(ホルストベッセルは別として)英雄に祭り上げられた個人の行為を否定しようというのではない。それらの個人を英雄に仕立て上げようとする連中に気を付けるべきだというのだ。
かつて日本海軍によって軍神に祭り上げられた廣瀬中佐が、最後まで杉野兵曹(死後兵曹長に特進)を助け出そうとして亡くなった行為は尊いと思う。だが、彼を軍神に祭り上げた連中には気を付けなければならない。結局は、その連中こそが廣瀬中佐が亡くなる原因を作り出したのである。彼らは、廣瀬中佐や杉野兵曹(※)の死を利用しようとしたにすぎないのだ。
※ 杉野兵曹は生きていたという説があり、昭和21年12月21日の朝日新聞にも「生きている?杉野兵曹長」と報じられている。
また、広瀬中佐の行為と、旧日本軍の行った戦争行為の正邪とは何の関係もないのである。このような個人の行動レベルのことで情に訴えるやり方で、重大な国家の運営の問題を「正しい」と言いくるめようとする連中には十分に気を付けなければならない。
個人の行動の元となった心情と、彼らが参加した国家の行為を混同してはならない。そのようなことは、国家の方向を誤らせることとなるのだ。
第二次世界大戦へ従軍した日本の軍人軍属は、大変な苦労をしてきたし、ときには尊い生命を犠牲にされてもいる。彼らの行為を「無駄ではなかった」と考えたい気持ちは理解できる。だが、繰り返しになるが、そのことと国家の行為の正邪を混同してはならないのである。
今回の産経新聞の那覇支局長の記事は、そのところを意図的に混同しようとしているという意味で、きわめて「胡散臭い」のである。
(3)一部のマスコミによるフェイク
以前のニュース女子が行った沖縄の基地反対運動に対する誤報もそうであるが、フェイクニュースは何も、SNSの世界にだけあるわけではない。この産経新聞の事件は、政府に近い立場のテレビや新聞などの報道機関がフェイクニュースを報じることがあるというひとつの証拠であろう。
それも那覇支局長という重要なポストにある人物が、署名付きで書いた記事がこれなのである。我が国の健全な発展よりも、米国の軍事上の利益を優先させ、個人の行動と国家の行動を混同させて、我が国国民の世論を誤らせようとする哀れな人物というべきであろう。
このような右寄りの報道機関の姿勢には、十分な注意が必要である。