SNSと社会的少数派


3 SNSは広範な一般人をターゲットにできるのか

(1)はじめに

どのようなメディアでもそうだが、印刷技術、新聞、映画、ラジオ、テレビなど、その創成期には様々な政治勢力によって自らの主義・主張を広く伝えるために利用されてきた。そして、それは一般論としては民主主義の確立に大きく貢献してきたのである。

しかし、その一方で第二次大戦前のドイツにおいて、ナチが映画、新聞、ラジオなどのメディア、とりわけ当時は新しい技術であったラジオを駆使して、国民の支持を得たというという暗い歴史も存在している。現在の我が国においても、戦前の軍国主義を肯定する前安倍政権において、資本力に任せたインターネットの活用が行われていることは事実である。

いずれにせよ、誰がどのような意図で用いるかは別として、すでに前項で示したように、個人でも政治的な意見を発信して数十万人単位で視聴されるケースもあるのだ。これは、わが国の有権者の数百人に一人が視聴しているということだ。地方のテレビ局の人気番組並みの視聴者なのである。

もう、インターネットのない社会に戻ることはできない。それであれば、民主主義の否定者が利用するおそれがあるという危険性を理解しつつ、それを活用することを考える必要があろう。

(2)SNSの特性

インターネット、とりわけSNSは、個人でも特殊な知識がなくても発信が可能で、場合によってはきわめて速やかに拡散するという性格を持っている。

また、従来のメディアは基本的に情報は一方通行であり、視聴者の側から発信者側に意見を伝えることはかなり限られた方法しかなかった。ところが、インターネットでは発信者に対して簡単に発言できる機能を持たせることができる。これらのことは、様ざまなところで繰り返し指摘されていることである。

その一方で、インターネットには、それとは別に、従来型のメディアと異なる大きなデメリットもある。それは、ほとんどの情報は、見たくない者の目に触れることがないということである。新聞は広げれば嫌でもすべての記事の見出しや写真類が目に入る。ラジオやテレビは、視聴していれば望むと望まないとにかかわらず、順に番組が放映される。

しかし、ネットはあえて検索しなければ、望まない記事を目にすることはない。前安倍総理が参院選において利用したYAHOOトップページの広告や、YouTubeに定期的に表れる広告などは別だが、それとてYAHOOの広告はクリックしなければ音声は聞こえないし、YouTubeの広告もわずか数秒でスキップ可能である。

(3)ネット右翼が影響力を広げられない理由

いくつかの文献※2によればネット右翼と呼ばれる人びとは全国民の1%代程度だとされている。ただ、医師などの自営業や、高所得層、高知識層もおり、都市部の低賃金若年ホワイトカラーというステレオタイプは必ずしも当たらないとされる。

※2 樋口直人他「ネット右翼とは何か」(青弓社2019年)など

彼らは、自民党政権、とりわけ安倍前総理に批判的な論者や、国際協調主義者に対して、扇情的な批判の書き込みをすることで知られている。思想的には、安倍氏支持、歴史修正主義(戦前日本の肯定)、排外主義(嫌韓主義)などが特徴で、生活保護バッシングや、辺野古基地反対派批判、杉田議員のLGBT発言擁護なども熱心に行う。

ところが、彼らが、全く政治的な影響力を広げることができていないのは、そのあまりにも扇動的な主張、ヘイト的な内容から、彼らの支持者以外の者は、ほとんどの場合、見ようともしないからである。

確かに、「チャンネル桜」の他、いくつかのネット右翼を対象とするYouTubeチャンネルの動画は、数十万単位で視聴されているものもある。また、視聴者の側に十分な知識がなければ、一見して説得性に富むように見える、極めて巧妙な動画が存在していることも事実である。

にもかかわらず、彼らが現時点でそれほど影響力を広げることに成功していないのは、それらの動画で扱っている事項について関心のない人々はそもそも検索しようとしないし、仮に検索してもゼロから知りたいという人びとや反対派はあまり視聴することがないからであろう。

なぜなら、視聴者がどのような傾向を持っているかを、YouTubeの側で分析してその視聴者が好みそうな動画を優先的に提供するので、中立派や反対派には届きにくいということもある。また、ネットの特徴として、視聴者の考え方と少しでも異なると分かると、すぐに他のサイトや動画に切り替えてしまうからである。

(4)SNSの活用にはコストが必要なのか

だが、これはネット右翼のみならず、インターネットを通して自らの主義・主張を広めたいと考えているすべての人びとにとって同様な問題が存在しているのである。

政治思想などというものは、支持者にだけ伝えていても拡がることはない。それを広げるためには、そもそもの支持者以外の広範な人々や、反対派にも視聴してもらう必要があるのだ。

自民党のような資金力があれば、有名な芸能人や有名なサイト、人気のあるアプリとタイアップするなどにより、一般人の中に訴えを広げることもできよう。だが、社会的な少数派や個人には、通常はそのようなことは困難である。